根管治療専門医-西五反田の山村歯科医院

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先生のひとりごと

[2021/07/12]

放送クラブ その6

 ☆昭和39年の東京はまだ都電が縦横に走っていた。国立競技場からどういう都電で新宿まで行ったのかは知らないが、先輩に連れられて新宿に出た。

 ☆当時の(仙台の)高校生にとっては繁華街に縁があるはずもなく、お酒の町のイメージのある新宿は危険な匂いのする町に見えていた。

 ☆仙台弁丸出しの学生服の高校生が、喫茶店であるところの「歌声喫茶」に入るのはちょっとした冒険。

 ☆その時代、「キッサテン」というのは大人の領域で高校生など入る必要もなく、その頃流行っていた「ロマンスシート」のある店はなおさらグレードが高かった。

 ☆二人並んだソファー椅子があって、恋人同士がお茶を飲む(?)ための場所だったと理解しているから、喫茶店に入るのは「不良」の証だ。(笑)。

 ☆今のご時世からは想像できないかもしれないが、男と女はそのぐらい世間的には隔絶していたのだ。

 ☆「ともしび」は満席で、もう一軒の歌声喫茶「カチューシャ」に入ったと思う。階段が一杯あって、なんだか狭苦しい場所でみんなで歌った記憶がある。

 ☆その夜、付き添いの先生は帰ってこず、翌朝、都心内幸町のNHKホールへ。

 ☆ホールは全国から集まってきた高校生であふれていて、特に、学生服ではない生徒達はだいたい東京の高校。女子は結構華やかで、男女別学の仙台の男どもは、ちょっと戸惑う。

 ☆アナウンス部門はさすがに女子高生達の独壇場で、詩の朗読や文芸書の朗読、ニュース原稿なんかもあったようだ。

 ☆いよいよ番組制作部門。他校の番組が次々と流れ、だんだんうまいのと下手なのが見えてくる。

 ☆何しろ全国大会だから、何十本もの応募があったはず。予選があって翌日本選だったのかもしれないが、最後に10作品ぐらいが本選に残ったような気がする。

 ☆三日目の朝、本選に残った番組が発表され、なんだかんだあって、入選5作品まで自分たちの高校名が出てこなかった。

 それが、なんと音楽番組と文芸番組で一本ずつが第4位の入選となったのでした。

 ☆さすがに第1位の作品は報道部門も文芸部門も音楽部門も、うーむ、とうならせられるほどうまく作られていた。

 ☆ただ、僕らには「これって本当に高校生だけで?」という疑念がわく。

 ☆だけど優秀な番組であること、センスがいいことだけは分かる。

 ☆僕らは1年生で、番組をどう作ったら上位に行けるのか分からなかったし、この2作品は先輩二人の作ったものだったから、直接的な喜びはなかったけど。

 ☆ちょっとした悔しさと、それなりに戦ったプライド、仙台から第4位が出たこと、宮城県の高校ではかつて出来なかった入賞に、充実感と少し誇らしい気分、そして新宿での大人の時間を持った興奮を以て、この夏が終わった。

[2021/07/05]

放送クラブ その5

 ☆宮城県大会で「音楽部門」と「文芸部門」で第1位をとったので、東京で行われる全国大会への出場権を持った。

 ☆全国大会は高校野球と同じで、夏休みの三日間(だったか)、その頃は内幸町にあったNHKホール。
 
 ☆みんなで東京に行けるとあって、たぶんだいぶ興奮したのだろうと思う。仙台一高はかつて、修学旅行で騒ぎを起こしたらしく、修学旅行は廃止されていたから、皆で宿泊することは大きなイベントだったのだ。

 ☆高校生だけで東京に行かせるわけには行かない、とのことで、名ばかりではあるものの「顧問」の先生がついて行くことになった。

 ☆そのときの顧問は音楽担当の男の先生で、僕たちよりもウキウキしている。どうしてだかは後で分かったのだが、結局この先生は上野駅で別れた後、夏休みが終わるまで会うことはなかった(笑)。


 ☆ところで、僕が高校に入ったとたん父親が東京へ転勤となり、僕はそのまま仙台の親戚の家に居候となった。

 ☆親が東京にいる上、かつては日本橋や中野に住んでいたから、東京に行くのはさほど珍しかったわけではなかった。

 ☆それでも高校生同士で行くとなるといろいろ興味が変わるし、普段じゃ行けないところにも行ってみたくなる。 

 ☆宿泊は神宮の国立競技場のスタンド下に作られていた施設で、どんな部屋だったかは憶えていないが、先生もいないし、高校生だけでどうするかとなった。

 ☆制服・制帽の学生服だし、さすがに今時とは違うご時世だったから、それでもその頃はやり始めた「歌声喫茶」に行こうというkとになった。場所は新宿の「ともしび」。

 ☆都電に乗り、新宿を目指す。

 ☆学生帽に学生服の数人が大声でしゃべる仙台弁。なんだかいつの間にかみんなの微笑みと視線。

 ☆良かったような、恥ずかしい気分。そして仙台よりいささか人混みの新宿で「ともしび」という「東京」を感じたのでした。

[2021/07/02]

イタリアントマト

 ☆我が家のプランタートマトがこのところ収穫が増え始めた。

 ☆先輩から頂いたイタリアントマトの種をそだて、4種類計8本と唐辛子2本。

 ☆プリンチペ・ボルゲーゼ、サンマルツァーノ、ミノプリオ、そしてガーデンベリー。唐辛子はミニトマトの大きさの実でそれほど辛くなく、醤油漬けにして食べている。

 ☆トマトのうち、前2種はトマトソース用。後2種は生食かドライトマトにする。サンマルツァーノ以外はミニトマトで、一房に10~12個の実がなる。

 ☆今はサンマルツァーノ以外が熟し始め、孫達が来ると喜んで収穫しそのまま口に入る。

 ☆ほぼ毎年やってきているけれど、今年は収穫量は多いのに、甘さがどうも足りないようだ。特に、甘いはずのガーデンベリーの糖度がいまいち。

 ☆雨よけの覆いをしたので,直射日光不足なのかな?梅雨が明けたら覆いをはずそうと思うけど。

 ☆トマト栽培のきっかけがこのイタリアントマトだったので、普通のミニトマトの方が皮は柔らかいし甘いはず。

 ☆僕はどうやら(ちょっと変わったもの)の方が好きらしく、相変わらずイタリアントマト。もう少し研究して糖度を上げたいと思っている。収穫後の追熟とか。

 ☆さて7月。コンサートが4回予約してあり、友人との蕎麦打ち会もある。日本臨床歯周病学会の年次大会もリモートだけど開催される。本当だったら仙台が会場になるはずだった。

 ☆仙台に行ったら高校の「放送部」の同級生や先輩達とお会いするつもりだったのだ。

 ☆先々月まで書いてきた「放送部」の続きを書かないとその理由が分からないから、別に誰に知ってもらうことでもないんだけど、ぼちぼち続きを書こうかな。